ピタゴラス派イルミナティ

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2015/12/28

2015年を締めくくるにあたって

はじめに

世界情勢は良きも悪しきもいろいろあったが無事に2015年も終えることができたことに感謝したい。


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2015年、イベントの進捗:
AIIB発足、新開発銀行(NDB)発足、SDRに人民元追加(注:日本円は既にSDRに組み込まれているのだが、それを考慮せずに人民元の組み入れを以って中国に先を越されたと考えるのはスケールが小さい発想である)、 IS(ダーイシュ)の掃討、局地的な偽旗工作の発生

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想うこと:
COBRAが2015年12月15日のインタビューで答えていた通り、カバルによるNWO推進のための工作は80~90%うまくいかないようになっている。懸念すべきは連中による工作によってまだ少なからぬ人々が意識に悪影響を受けてしまうことである。二、三人の役者が「テロの犠牲」になったふりをして、それで多くの人が意識を奪われ恐怖心に陥ってしまう。これは当人にとってよくない。そしてなにより、そうしたネガティブな感情を食料にしている存在がいるのでさらによくない。我々人類は霊的にはほぼ無知であるから、そうしたオフワールドの不可視領域のメタフィジカルな事情については当然知らない。コブラの2015年12月15日のインタビューについてはここで読める。↓
邦訳版も「NowCreation!」さんが翻訳してくれるだろうから、乞うご期待。なうくり(えーしょん)さんのブログURLは当ブログの右側にリンクがあるのでたどってほしい。まだまだ『イベント』の希求者が少ない。したがって毎週日本時間月曜日午前4時(日曜深夜28時)に世界同時に行われる「ウィークリーイベント瞑想」への参加者も少ない。想念のちから、集合意識!水瓶座の時代!

イベントに依存してしまって受動的になるのはよくない。積極性が大事。人生の主権を他の誰にも渡してはダメだろう。人生の主権者にして創造主は私たち一人一人であるのだから。本文とは関係ないが今iTunesで流れてる曲↓
さて、きたる2016年は二進法で示すと、
11111011111
となるわけでなにかある。と、見ている。次に記事を書くのは来年になるだろう。イルミナティのスタイルを引き継いでやろうと思う。



大義なき戦争を止めよう―今年の振り返りと来年への展望

転載元:イチカジソウコウのブログ http://socoichikaji0909.ti-da.net/e8251641.html

大義なき戦争を止めよう―今年の振り返りと来年への展望

2015年も様々なことがありました。まだあと3日ありますが、今年に起こった注目すべきことに関連して、とりわけ平和問題についてまとめてみようと思います。
辺野古崎
辺野古 デモ
辺野古 海保
まずは琉球/沖縄では何が起こっているか。アメリカ軍普天間基地の辺野古移設問題で、
地元市民がゲート前で座り込みなどの抗議行動が展開され、地元警察官や、
海上保安庁第11管区の職員による暴行や妨害などが、報道やSNSの投稿で日々取り上げ
られてきました。
http://blog.goo.ne.jp/awamori777/e/389130c8c8e10095804dc0455c48e99d

辺野古 警視庁導入
また、県警の要請により、東京の警視庁が沖縄に派遣されるという異常事態が発生しています。

そのような中、今日このような動画を見つけました。短いですが注目すべき内容です。 

辺野古の海で/沖縄に基地を押し付けても「恥ずかしくない」「全然問題ない」と
発言する海上保安官



カメラマンが沖縄に基地を作るために反対する人々を排除するのは海保の仕事じゃないんじゃないの、
あなたにとって海保の仕事って何なの?という問いかけに対して、海保職員は苦し紛れにも自分たちは
ただ自分たちの仕事をやっているだけという答え方しかできません。
おそらくこれが警察官や海保職員の意見なのではないのでしょうか?彼らは自分の考えを持たず、
ただ上から言われたことを素直にこなすだけの人々なのです。公務員は学歴を重ねる中でこのように
洗脳されているのです。上司の命令にただ従い、自分たちの国や地域に対する思いなどみじんもないのが
彼らの本性なのです。

自衛隊の訓練
警察官僚がそうであるなら、ましてや、軍人(日本の場合なら自衛官)ならなおさらなことでしょう。
軍というのは非常に特殊な環境の中で、教官の命令通り、コマンド入力したら動き出す機会の様に
教育されていきます。
彼らに国を思う大義が本当にあるのでしょうか?戦争は自国内では美化されるのが世の常で、あたかも愛国心から行われることだと教育されることが多いですが、実際前線で戦っている軍人にはそのような大義があるのはほとんど存在せず、上の位の人の命令通り動く哀れなユニットであるというのが現実であり、愛国心というのは戦争が起こった時に国民の感情を書き立てる起爆剤となるように教え込まされるものなのだと思います。

天皇陛下
今月の23日に82歳の誕生日を迎えられた天皇陛下は、今年を「様々な面で先の戦争のことを考えて過ごした1年」として、陛下の平和に対する思いを述べられました。
http://www.huffingtonpost.jp/2015/12/22/emperors-birthday_n_8865470.html

三笠宮親王殿下



同じ皇族の話題では、三笠宮崇仁親王殿下が同2日に100歳の誕生日を迎えられ、先の大戦での中国での軍の指揮を取っていた時代を、「罪もない中国の人民にたいして犯したいまわしい暴虐の数かずは、いまさらここにあげるまでもない。かかる事変当初の一部の将兵の残虐行為は、中国人の対日敵愾心をいやがうえにもあおりたて、およそ聖戦とはおもいもつかない結果を招いてしまった。」と振り返られました。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20151207-00010002-shincho-soci
戦争に正しい理由や大義など存在する筈がありません。今は沖縄も含め、日本全体の真価が問われる時が来ています。70年以上にわたって守ってきた平和憲法の意思を一人一人が理解しなおし、今の安倍政権がやろうとしているような戦争政策や、国の経済を危うくするような政治をやめさせなければなりません。
大義無き戦いは海外にも存在しています。
ダーイッシュ




中東のダーイッシュ(IS)です。ロシア国営メディアスプートニクで報じられた記事によると、キリスト教徒の人質と引き換えに身代金を稼いでいるそうです。
http://jp.sputniknews.com/middle_east/20151227/1376883.html
あくまでも彼らテロ組織の活動名目は、「キリスト教徒に対する聖戦」ではなかったのでしょうか。身代金稼ぎのような姑息な手段で活動資金を集めようとする行動を見てみると、やはり彼らにも大義は存在していないと見受けられます。また、ダーイッシュのリーダーは隠れイスラエル人ということからも、キリスト教とイスラム教の対立をあおることによってイスラエル国の首脳が戦果(戦価というべきか)を上げようとしているのだと思います。
結局戦争は金なのです。爆弾や戦車、戦艦や戦闘機を売りだして、自らの懐が潤えば、大義なんて必要ないと思っています。そういうきれいごとは一般国民に信じさせて、戦争を引き起こすのに有利になるようにしようとも考えています。
大義に踊らされないでください。
そもそも、日本を愛する理由なんて、学校で教えられればならないほど陳腐なものなのでしょうか?誰でも自分の生まれた故郷には愛着があるものなのです。洗脳教育はその愛着を執着に変え、ラジコン操作でうまく動くように組み込もうとしています。


来年早々、日本で通常国会が開かれる4日(というのも異例の早さだそうですが)を革きりに、国会前をはじめ各地でデモが行われるそうです。安倍政権が再発足してから3年目、来年で4年目になります。原発問題や、税金の問題など、日本を騒がせた今年の諸問題でしたが、世の中は安倍晋三らのような寡頭勢力に操られているということを一人でも多くの人々が気づいて、国や民間権力者たちの言いなりにならず、彼らに屈せず、新しい年、新しい時代を作っていくべきだと思います。
戦争回避


イチカジソウコウのブログをご覧になってくださった皆様、どうもありがとうございました。来年も琉球、日本、世界のことはもちろん、PFCジャパンの活動や、コブラ情報、人類解放と宇宙文明に関する情報の拡散をしていこうとおもいますので、パワーアップしてよりよいブログにしていきます

2015/12/07

号外:イルミナティのウェブサイトが閉鎖されることについて

当ブログで再三にわたり紹介してきたイルミナティのウェブサイト=www.armageddonConspiracy.co.ukが、来月(i.e. 2016年1月)に完全閉鎖されることになった。経緯として次の事実が挙げられる。


  1. イルミナティの教義や理念が広く普及しなかった
  2. イルミナティの邪魔をする「破壊者」たちが跋扈したせいでスムーズにイルミナティ自身のメッセージを大衆に広めることが困難になったこと

現状の旧世界秩序(Old World Order=OWO)の打倒を目指していたイルミナティだが、紀元2015年になってもなおOWOのシステムによって自主的にウェブサイトを閉鎖することを余儀なくされてしまったようである。くだんのウェブサイトは2016.01月までは存続するが当月の間には閉鎖される。ゆうに100万語を超える文字情報を無料で提供していたイルミナティが、その情報体系を閉鎖するのである。イルミナティの運動は今後、別のプラットフォームへとシフトして継続される。The Gnostic Legionである。

http://www.thegnosticlegion.com

2015年11月からの一連の動きを受けて当ブログでも対応をした。

  1. 外部リンク集からイルミナティのサイトを削除したこと
  2. 今後はイルミニズムについての投稿は差し控えるということ
今後ArmageddonConspiracyサイトは伝説として語り継がれるだろう。

とはいうものの、イルミナティの最後の置き土産に我々はなおアクセスできる。つまり、The God Series最後の書「How to Create the Universe」であり、12/2に刊行されたMichael Faust著「The Case for Meritocracy」である。そして2015.12月に同じく刊行予定のAdam Weishaupt著「Contra Mundi」である。いずれもamazonのKindleで読むことができる電子書籍である。価格はそれぞれ¥600~650。



2015/10/17

イルミニズム:なぜ数学が科学を置き換えるべきか その理由

Mike Hockney's God Series; " Why Math Must Replace Science" より
(前半部分の要点選出)

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科学についてリチャード・ファインマンが要約してくれている。いわく、「まず法則について我々は推測する。そしてその推測の結果を演算する。その演算結果を自然・実験・経験と比較する。もしくは推測が観察と直接的に関連があるかを比較する。もし実験と合致しなければ、それは間違いである。これが科学への鍵なのです。」

これが科学の実態だ。まともで合理的な人間がこうした「方法」を採用するだろうか。

意識は身体には存在せず魂の世界に、つまりコズミック・シンギュラリティの中にある。

体はやがて死ぬ。だがマインドは死なない。マインドすなわち心や精神は非物質的で、永遠。破壊することができず、次元を持たないシンギュラリティ。

夢は、我々が魂を持っていることの証明。

科学はモデルを扱う。存在論を扱うわけではない。

科学は付け焼き刃の推測の集合体であって認識論や存在論とは全く繋がりがない。

科学は物理を説明するためには形而上学を採用しなければならない。ライプニッツが主張したように。

原子が内部の観測できない数学的ちからに従っているということを科学は認めない。

感覚的な証拠は永遠の必然性とは無関係。だから常に「単なる証拠」でしかない。なんら証明ではない。

「一般的な決まりごととして、もっとも成功する者は最善の情報を持つ者である。」~ディズレーリ

「波動関数崩壊」という教義は因果律そのものへの侮辱である。

結局、合理的で数学的な因果律か、非合理的で経験主義的、科学的確率論しか立場はない。両有はできない。

光子はそもそも時間を体験しない。光子に時計を取り付けることを仮定しても時は刻まれない。光子はだから時を超越している。光子のこうした性質上、はたしてテンポラルな出来事は光子にとって重要なことだろうか?光子にはたして影響できるのか?テンポラルな出来事は我々の知覚・認識に影響するが光子の視点はもたらされない。

経験主義の巨塔であるデービッド・ヒュームは因果律を否定して、明日も太陽が昇る
かは我々は決して知り得ないと述べた。

結局、客観的現実と因果律がなくなると、残るのはマジックだけ。

科学の最大の問題は、その方法論が実験的(経験的)であり、その知的原動力が数学的(実験を必要としない合理的なもの)だということ。自分たちの規律秩序の核心にある明白な哲学的矛盾について決定的に無知であるということ。実際には科学の論理性について科学者は考えない。

イルミニズムにおいて客観的現実(合理主義)は、いかなる代償を払ってでも守られるべきものである。現実は科学的というよりも数学的に定義されねばならず、科学的方法は現象について我々に情報を提供してくれるが本体については全く何も語らない、ということをこれは意味する。
現実はあなたが知覚するもの、と言われている。現実はあなたが知覚しないものだが数学的な理由があなたに明らかにするものである、とイルミニズムは言う。

ライプニッツの言う両立可能性。

標準的解釈が前提している量子波動関数は厳密に言えば非現実的で、物質と経験のパラダイムのなかでは観測不可能である。だから純粋に形而上的かあるいは思弁的である。

科学は純粋な道具主義および実用主義。

コペンハーゲン解釈について批判的なのがイルミニズム。

哲学者と物理学者はともに間違っているとイルミニズムは主張する。存在論的数学が唯一永遠に正しく、それに符合することを述べるときに限り哲学者と物理学者は正しい、と主張する。

ゲーデルの不確定性原理は数学には限界があるということを表している、と言われている。だがそれは間違いで、数学に対して公理に基づいたアプローチをする事に起因する。数学は公理を土台とするのではない。数学は - 存在論的に言えば - 全能で全定義的な単一の公式つまり神の公式(一般化されたオイラーの定理)を土台としている。

数学はガウスが述べたように諸科学の女王。

量子力学が謬論とパラドクスだらけであるのは、それが数学的だからという理由ではない。十分に数学的ではない、というのが本当の理由。

意識が存在可能な理由とは?

時間正確にはモーション。

コペンハーゲン解釈を採用すれば、客観現実を否定することになる。コペンハーゲン解釈は現実原則と矛盾する。したがって偽である。

二重スリットという謬論。

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以上、ドラフト(草稿)段階のものをアップしました。詳細は電子書籍Why Math Must Replace Science (at Amazon Kindle)をご一読ください。





イルミニズムの概要をお伝えするというプロジェクト

イルミニズムについてこれから不定期更新で概要を、可能な限り、できる範囲でお伝えしていこうと思います。

イルミニズムとはなにか?
イルミナティの教義のことです。
英語での定義を見ましょう。


真理への道は平等に全員に与えられているのではありません。
努力の末に見つけるものであり、たどり着いたものだけが歩むことができる道です。
真理=聖杯は簡単に手に入るものではない。専心とたゆまぬ努力が肝心。

当ブログではイルミナティの教義についてこれから不定期で概要をお伝えしていきます。

参照:
イルミナティ公式HP: http://www.ArmageddonConspiracy.co.uk
「神シリーズ」を一部転載したサイト: http://www.mathmonism.com
ピタゴラス派イルミナティサイト:http://pythagoreanilluminati.com
神シリーズ:http://bit.ly/GodSeries



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イルミニズムを知ってなにを得られるのか?どのように得するのか?
例)
科学の不完全性
合理的世界観
充足理由律
現実原則
オッカムの剃刀
存在論的数学
数学的世界観
宗教、科学、数学、哲学の全一的な把握
宇宙の根源
存在論的になにがベースになっているのか?
(アルケーについて)
オイラーの一般定理
原理的なサインコサイン波
次元領域と無次元領域
物質領域と周波数領域
etc...

紹介される概念として上記が挙げられます。
他にもまだたくさんあります。
紹介しきれないこともありますが、
ベストを尽くします。
当ブログのタグ「イルミニズム」や「ピタゴラス派イルミナティ」も合わせてお読みください。
http://neuerkosmos.blogspot.jp/search/label/イルミニズム


2015/08/31

コブラインタビューby Lynn 2015年8月 全編

http://bbsradio.com/guestson/guest-cobra-and-prepare-change-interview-disclosure-chronicles

金融リセットや再編についてRMはなにを計画していて状況は今どうなっているのか?


COBRA: 計画については何度も話した通り。イベントのためのプランである。目下、新しい段階に入ったところ。そしてこの段階についても何度も述べた通りだが、主要プレーヤーたちの間でコンセンサスが必要になっている。どんな未来を持ちたいのか、そのビジョンを明らかにする必要がある。コンセンサスが得られなくても、銀河の中心からやってくるエネルギーがますます強力になっているため、事態はエスカレートし続ける。というのも一度抑圧されたものはなんらかの形で表に出る必要があるので。というわけで、地表の人たちおよびどのような派閥が何をしようとも結果は同じである。コーディネートされたアクションを起こすことで我々にとってスムーズで容易になるプロセスを生み出すことができる。アクションを起こす他に最終ゴールに向かって働いている人々を目覚めさせることによっても容易なプロセスを生み出せる。

Lynn: レッドドラゴンが認めるには、カバールがいつも組織内に侵入してきたとのこと。それだけでなくドラゴンファミリーはカバールの銀行群を支援してそれがカバールの強みになっているということ。なぜこうもこれら二つの組織は公衆の面前で「いい警察と悪い警察」を演じているのか。彼らは協働しているのではないのか?

COBRA: オーケー。おそらくレッドドラゴンからきている情報ではないようだ。その主張はおそらくインターネットの情報源からきているのだろう。本当のレッドドラゴンは常にロスチャイルドとイエズス会と闘ってきた。そしてレッドドラゴンを名乗る人は多い。だから発言や声明には精査が必要で注意深くあるべき。本当のレッドドラゴンは過去に一度もカバールと協力関係になかった。

Lynn: 本当のドラゴンファミリーについて啓蒙してほしい。周知のごとくかれらがカバールの文句を言っているが、イルミナティを既知の歴史上ずっと支援してきたのは彼らではないのか?

COBRA: 本当のレッドドラゴンファミリーは、中国にアルコンが侵入してきた明王朝時代の初期に結成された。以来彼らは中国が防御されるように縁の下で動き続けた。地下から働きかけねばならなかったのでいつもうまくいくとは限らなかった。ドラゴンファミリーには多くの側面がある。レッドドラゴンは金融と政治により集中している。ブルードラゴンはスピリチュアルにより集中しているが、同じドラゴン内でも多くの側面がある。多くのレッドドラゴンファミリーとブルードラゴンファミリーが存在していて彼らはいつも調和的に共存しているというわけではない。人間的な要素が沢山ある。だが、本当のドラゴンファミリーは惑星解放に献身している。

Lynn: 光のために特別に働いているドラゴンファミリーもしくはその派閥(分派)は現在存在しているか?

COBRA: 光とともに協働していない多くのドラゴンファミリーがいる。以前言った通り、いろんなグループが混じっていてネガティブなグループが存在している。ポジティブなグループも存在している。カバールと直結して動いてる人達もいる。一つの特定のファミリーにおいても、光に奉仕するものと光に対抗するものがいる。この惑星において大いにミックスされた事態が存在している。

Lynn: 世界の王族達は血脈で結ばれているが表向きはそうした事を明かさず敵対しあって常套手段である「混沌から秩序」というやりかたで権力を自分たちに集中させている。「我々は優れている」という王室システムが最終的にどうやって終幕を迎えるのか、家族群が人民に決して権力を明け渡さないのに?

COBRA: イベントに対し権力を明け渡すよう強制されることになる。カバールの主要メンバーの大量逮捕のプロセスにも直面することになる。公正な裁判にかけられ、大衆は事態を知り、進展を知り、同じような悪の状況は続かないと理解するようになる。

Lynn: 世界コラテラルアカウントについて教えてほしい。一体何なのかということとあなたが持っているそれについての情報をお願いしたい。

COBRA: 何十年も前に形成されたものである。当初の目的は人道的なプロジェクトのためのツールとして仕え、人類に豊穣をもたらすためのものだった。だがそれらアカウントはカバール家族群によってかすめ取られてしまった。そして実際には人類をコントロールするために使われた。今はポジティブなドラゴン派閥が舞台裏から動いており、もとの目的へと再び向かうよう動いている。多くの操作歪曲があった。過去二三年で多くのことがあった。だが全てはイベント時に完璧な状態へと持って行かれるだろう。

Lynn: RMによるとこれらアカウントの更新された未来の計画はあるか?また変更はあるか?

COBRA: 多くの変更があった。というのも完全に向けて計画が進められたから。最終結論が出てない事項や複雑な事項がいくつかある。それでも、どのタイミングがベストかという金融面での事態は大きな問題なく進んでいる。

Lynn: 約13,000年前にドラコがイルミナティを作り、それ以降連中をサポートして人類を支配とカオス、暴力という手段でレプティリアンを使って支配してきた。精巧な意図と目的をもってつくりだされたイルミナティやサタニズムがどうやって再編されるのだろうか?

COBRA: オーケー。イルミナティの構造の中にいる人たちの多くは自由意志でそこにいるのではない。彼らは出たがっているし今後はそれが可能となる。この組織は光へと持ち込まれるので、一部になっていた人々には多くの希望がある。

Lynn: 人類の歴史は歪曲に満ちているが、どのような適切な情報が、正しい人類史あるいは創造の歴史を知る上で参考になるか?

COBRA: 正しい人類史についての正確な情報資源はない。あえて言うならアトランティスという存在の研究に着手するといいだろう。だが、アトランティスについての大抵の情報は単なる想像に基づいている。二三年前にアトランティスについての記事をブログ内で発表した。リンクも紹介したが、それは信頼出来るソースだ。

Lynn: 現時点でのイベントの進捗と我々がそれを加速させるためにできることについて。

COBRA: 状況は数週間前と同じ。今もなおストレンジレット爆弾とキメラグループのクリアリングに従事している。これらが残存障壁である。小規模の勝利はいくつもあったがどれもブレイクスルーに至るにはなってない。人々にできること。それはウィークリー瞑想に参加することと、状況について大衆を目覚めさせることだ。多くの地表人が目覚めれば、それだけ光の勢力が障壁を打ち砕きやすくなる。

Lynn: まだ今後の世界観に目覚めてない人々と、目覚めていてもイベントに懐疑的な人々をどうすればよいか?

COBRA: ある度合いまで、懐疑的であることは善である。実際に起こる前には証拠はないわけだから。たとえ懐疑的でも良い未来について情報を与えられることはいいこと。知らされていると何をなすべきかが分かる。じっくり研究して自分に情報を与えるのはいいこと。実際に事が起きれば懐疑や疑念の必要はなくなる。なぜなら物事が起きるようになるので。一種の心理戦争が実行されている。カバールによって仕掛けられた「なにも起こっていない」というのがそれだ。これはアルコンの主要作戦内容である。一切が変わりないという幻想を維持すること。そして最後のブレイクスルーまでそれは維持されるだろう。主だったブレイクスルーの前には抜本的なことは起きない。まさに終わりのそのタイミングまでこう着状態が続くだろう。最後のブレイクスルーまで。ブレイクスルー後は事物は流れるように急速に起きる。

Lynn: そしてその時多くの人が目覚める、と。(そう、その通り)

Lynn: ライトワーカーと光の戦士の違いは?

COBRA: ライトワーカーは光を広げる目的を持っているが光に焦点を合わせすぎで闇を無視している。だがライトワーカーはこの惑星に大きなことを成し遂げている。光の戦士は闇の追放に焦点を合わせすぎている。だからライトワーカーと光の戦士の要素のバランスが必要とされている。なぜなら真実は真ん中のどこかにあるから。闇を知っておくのは重要。だが、光に焦点を合わせてそれを惑星にアンカーするのも大事。

Lynn: ライトワーカーと光の戦士への励ましのことばはあるか?

COBRA: 物事を展望に組み込むのは重要だ。みんなが疲れているのは私も知っている。時間もかかりすぎている。それも知っている。だが我々が成し遂げようとしているのは25,000年続いた闇の終焉である。そしてそれを数年のうちにやろうとしている。大いなる仕事をしている。大きな進歩と最後のブレイクスルーがやってくる。そしてそれが到来する時、この疲れる仕事に対する報酬が得られるだろう。

Lynn: 祝賀を楽しみにしている

COBRA: うん。イベント後、大いなるお祝いがある。幸福の一期間が始まり、それは決して終わらない。人生経験において、苦しみは決して意図されてなかった。この惑星から暗闇が一掃されてからはそれは決してもう訪れない。

Lynn: 多次元ジャンプについてネットで騒がれている。光のウェーブXパルス… ブラッドムーンを迎える9月の末の日々について何か予見できることはあるか?

COBRA: 特に大きなイベントもない至って普通の9月になるだろう。今起きているように勿論物事は起きるだろうが。ある度合いまでエスカレートしうるが、その時点で何か地面を揺るがすような大きな出来事というのは予見していない。ブラッドムーンだかなんだかよりも大きな宇宙のサイクルがあり、その方が重要である。9月にRMがブレイクスルー、というのは期待しない方が良い。

Lynn: ならば9月はおとなしくしてイベントはおそらく起きないということか。

COBRA: 特定的になにか予言しようというのではないのだ。だがこの年の9月になにか抜本的でネガティブな出来事について恐れる必要はない、と言っているにすぎない。

Lynn: 通貨の再評価が噂されているが?この問題についての所見は?

COBRA: 今日だとか明日に起きるというのではなく、実際問題数年規模で今も動いていること。RVはイベント時のリセットに起きるパート部分であり、イベントの前に起きるというものではない。

Lynn: なるほど。だから我々は落ち着いて、なにも今は心配しなくて良いということか。

COBRA: リラックスすることもできるし、周りの世界を変えるために行動的になることもできる。

Lynn: オーケー。債権保有者たちへのアドバイスは?彼らは換金したがってる。

COBRA: カバールが銀行制度を仕切ってるので換金はできないだろう。彼らの幸運を祈るが、この時点ではなにも日和見的な態度をとりたくはない。

Lynn: 8月12日に天津で起きたことはなんだ?核と思われるキノコ雲が見られたが。イルミナティから中国への報復メッセージか?中国の通貨は先立つ8月11日に評価を下げたが。

COBRA: まさにそれが起きたのだ。東方連合とカバールの戦争の一部だ。可能な限りの武器をカバールは使ったわけだが、将来において予期せぬなんらかの結果を彼らカバールはお見舞いされることになるだろう。彼らはプロセスの速度を速めた。この行動によって彼らは...これについて何らかの結果が伴うだろう。

Lynn: 過去数十年、カバールは見事人類をだますことに成功してきた。特に「悪魔は存在しないと世界を説得したことこそ最大のトリックだ」この重要な時期になぜスピ系の人たちはサタンとルシファーの役割について議論しないのか。なぜ地球外生命体のみ議論するのか?これらの裏側にある理由をなにか知っているか?

COBRA: この裏側にある理由というのはまさにあなたが言及した個人が今では重要な役割をもう担っていないからだ、と言えるよ。

Lynn: どういう意味だ?なぜ彼らが重要でないのだ?

COBRA: 彼らのうち一人はこの惑星から除去されセントラルサンへと回収されたので。そしてもう一人は一線を越えて光の側にいて光の勢力のために働いているから。

Lynn: どちらが光の勢力のために働いているの?

COBRA: 現時点でそれは機密だ。

Lynn: オーケー。このアセンションの時代に我々が体験しているのは「魂の収穫」であるが、それは光によるのかそれとも闇によるのか?

COBRA: それには反対だな。というのも収穫ということばには感情的に何かを呼び覚ましてしまうニュアンスがあるから。アセンションとは、と私なら言う、この惑星と他の惑星の存在たちの振動周波数をあげるプロセスで、人間存在の人格を魂たちと融合し、また光の周波数とも融合させるものである、と。光だろうが闇だろうが、魂の収穫ということはないよ。イベント時に最高潮に達するようなものではなく、イベント後もさらなる霊的な発展を伴う単なる革命的なプロセスなんだよ。

Lynn: イベント後10〜20年の間に起きる地球の環境変化について教えてほしい。こうした変動は起きるのか、それとも原初の天国的状態が地球に訪れるのか、どちらだろうか?

COBRA: イベント後多くの、本当に多くのポジティブな変化が訪れる。それには地球が再び地上天国になるという最終ゴールがある。

Lynn: 何か例えはないか?

COBRA: イベント後ファーストコンタクトがある。その後、すべての公害をなくすための技術をポジティブな様々な種族がもたらす。大衆の目覚めプロセスがあり、このプロセスはこの惑星地表上にとてもポジティブな銀河社会が創造されるというところまで続いていく。

Lynn: よろしい。最近数週間に見られた「光の柱」現象についてなにかコメントはないか?目的は何でどうやって作られたのか?

COBRA: これら多くはカメラを用いて作り出された。地表での光の反射やカメラのフラッシュ機能を用いたものだ。いくつかは正真正銘の柱だが、それらは、それらの10〜20%は光の勢力による顕示。大衆を目覚めさせるための光の現象。民衆を目覚めさせるというもの。

Lynn: 解説ありがとう。金融状況についてもう一つ最後の質問。金融システムの完全なシャットダウンや崩壊を期待してるか?それによって新しい制度が導入されるような。この点で何か変更点はあるだろうか?

COBRA: 計画は変わってない。今も同じだ。一定期間の完全なる金融システムシャットダウンを予期している。なぜならこれでしか完全な変容は起きないから。

Lynn: 現在の出来事を結論づけるような一般的質問だった。オーケー。

(コマーシャル後 ↓)

圧縮ブレイクスルーについて。(省略)

以下、過去のインタビューやコブラ記事と重複する質問ばかりなので(男性と女性エネルギーについてとか、薔薇姉妹団についてとか)

Lynn: 霊と魂の違いはなんだ?

COBRA: 専門的な違いがある。霊は魂がやってくる源である。両者ともに我々の高次の側面であり高次の次元性の側面。言うなればより高度のエネルギー体だ。霊と物質(質料)はお互いの側面を持ち、独自の顕現のされ方をする。違う次元でね。霊と物質は様々な顕現において最上解となるゴールがある。それは一者(一なるもの)への帰還である。

魂の進化プロセスについて。一者との一体の一言に尽きる。

なにも3Dを終えて初めてわかるものでもなく今でさえも理解は可能である。というのも悟性は次元に依らないから。今にあってもその理解に達することはできる。

Lynn: 身体はホログラム的な産物か?

COBRA: 宇宙にあるものは全て、我々の身体も含めてホログラム的産物である。

Lynn: おお。創造のいかなる生命形態をも体験できるようになる?

COBRA: 霊的自由のあるレベルに至れば、ええ、出来るよ。

Lynn: 意識とは?

COBRA: 意識とは霊と物質の動的な相互作用のこと。霊と物質の中間的な存在である。自身を自覚し始めるのが霊で、自身と接続しなおすのが物質だ。

Lynn: 意識と霊がどう繋がるのか?

COBRA: 実際には、ある時点で自身を物質に投影しようと決めたのが霊で、意識はその相互作用の結果生まれる。

Lynn: 霊と繋がることの利点は?

COBRA: 自明だと思うよ。霊とつながる前は本当に生きているとは言えない。霊が全生命のソースだから。

Lynn: ということはそれは種(たね)なのだね?(そうです)次の質問は、なぜそうしないといけないのか?

COBRA: あなた次第。なにも強制されていない。だがそうすることでより多くの内なる幸福に到達するし宇宙の他の存在がもっと大きな幸福に到達する手助けにもなる。

Lynn: 我々がなにもので、魂の目的を同時に思い出すことはあるか?

COBRA: もちろん。ハイアーセルフと、つまり魂とつながるという一定のレベルに達すれば、目的を思い出すよ。

Lynn: 霊とつながる最善の方法はあるか?

COBRA: 瞑想でいつもハイアーセルフと繋がれるよ。美を体験したり喜びを体験する中で。喜びをもたらすこと/もの、であったり美へと誘う全てがあなたの霊とつながるための方向性を示してくれるよ。

Lynn: 他の霊と繋がることはできる?

COBRA:ええ、もちろん。自身のハイアーセルフと繋がっていればね。あなたは常に一切の光のその他の存在とのワンネスの中にある。

Lynn: 魂の家族について教えてほしい。彼らはなんなのか?

COBRA: 魂の家族とは、同じライフストリームで生まれた魂の集団のこと。銀河のセントラルサンのポータルを通じて、歴史のある時点を通じて生まれた魂の集団だ。自身の存在を通じて似通った体験をする集団である。

Lynn: 霊的に縁のある人々との再会等について

COBRA: 彼らの振動周波数に同調すれば良い。コネクションの可能性はいつでもある。

Lynn: アセンデッドマスターとのコネクションは可能か?

COBRA: ハイアーセルフと繋がっていればそれを通じてアセンデッドマスターともコネクトできる。

2015/07/24

コズミック・ディスクロージャー:秘密の宇宙プログラム(SSP)インサイダーがビデオデビュー!

by David Wilcock 2015年7月22日 11:33pm
(以下、要約)



秘密の宇宙プログラムのインサイダー、コーリー・グッドさんの暴露インタビューが動画で公開された。いくつかに分割されているが最初の4本がリリースされた。彼が行った数々の回答(watch him field a variety of questions
 )に合わせて、自分の目で確かめてほしい。見逃さないでくださいね。

ワクワクする変化が訪れようとしている

スノーデンによる暴露の前までは、みんながデジタルライフを安全にセキュアに体験していると思っていた。が、今や監視のための装置、インフラは至るところにあり、することのすべてがデータマイニングされ、蓄積されていることはみんなの知るところである。



アラブ人によるテロを防ぐためか?NSAの職員があなたの性的な生活や行いのデータ・記録を他の職員に手渡すためか?説明責任は彼らにはあるのか?
(などなど、疑問文が続く)

コーリー・グッドが言うことが確かならば、すべてが単に氷山の一角であることがわかる。グッドが言うことは長年にわたって登場したインサイダー達の証言と一致している。

SF映画は他の何にも増しておおくの真実を隠し持っている

軍産複合体は、SF映画で見るような先進技術を使って太陽系やそれよりもっと広範なエリアを植民化した!

反重力? ☑️
フリーエネルギー? ☑️
スターゲート・トラベル?☑️
タイム・トラベル?☑️
物質化装置?☑️
エネルギー医薬品?☑️
ESP(超感覚的認識力)とテレキネシス増幅装置?☑️
超現実的仮想現実製造「holodecks」?☑️

私たちの想像力が唯一の制約!

上記のテクノロジーは現実のものであって、唯一私たちの想像力だけが制約になっている。まもなくこうした秘密の牙城は打ち砕かれ、これらの知識と力に私たちがアクセスできるようになる。

希望とは非合理的なものではなく、導入・採用された展望なのだ。それは宇宙の性質をわかっている人にとっての果実である。

そしてこれはもっと巨大なゲームチェンジの一コマでしかない

これらの技術的先進性は、おおくの人に起きている意識の進化をもたらしている大いなるエネルギー変化の一つの側面にすぎない

これは凄いことなのだが、おおくの人はデータを分析・学習することなく簡単な結論に飛びつきやすい。

科学的データ・証拠も豊富にあるので、いわゆる「反駁・論破」(DEBUNKと呼ばれる行為)が不可能なくらいである。

重箱の隅をつつくような真似をする人はいるが、しないだろう。

パズルのピースについて、ウィルコックさんの自作の(例: The Synchronicity Keyなどover 130 episodes of the Wisdom Teachings video program. の紹介が続く)

そして、今回、インサイダーの中のインサイダーであるコーリー・グッドさんの一連のビデオがCosmic Disclosure.としてリリースされることになった。

「政府は嘘をつけない」という懐疑論者の主張について。それはナイーブな発想。マンハッタン計画には13000人が雇われたが一切公表されることはなかった。広島と長崎に投下されて始めて公の知るところとなった。

マンハッタン計画は高度に「区画化」されていたため、成員たちは一体自分が何をしているのかを把握できなかった。

人々を一列に並べて管理するために、催眠的な話術が日常的にプロパガンダ・ポスターで採用された。



(マンハッタン計画についてのより細かな解説が、リンクと共になされる)

そうした中で、UFOに関しての情報や質問は一切なされないという現状がある。

そこで今回のビデオが出たというわけ。
52.5時間分のエピソードに仕上がった。

最初の4本のうち、最初の1本はYoutubeで見れる。二本目はここで見れる(The second video is free for all on the Gaiam site.)。三本目四本目は99セント(最初の一ヶ月だけ)で見れる。

メンバー登録が必要。PayPalで支払える。動画を保存することも可能。
(そして、記事の終わりまで、宣伝。バズ効果もあったようでそれの紹介もある。)

2015/07/18

秘密の宇宙プログラムの一環。超光速のタキオンドライブを使った恒星間宇宙館。

http://exopolitics.org/secret-interstellar-spacecraft-use-superluminal-tachyon-drives/



超光速での恒星間旅行が可能なタキオンドライブを用いた宇宙艦隊が秘密裏に造築されている。20年間にわたって秘密の宇宙プログラムに従事してきた内部告発者が明らかにしたことからこの驚くべき事実が結論として出てきた。コーリー・グッド(Corey Goode)は6年間秘密の宇宙船造築に従事してきたと述べる。そのプログラムでは、ドイツの有名な理論物理学者で超光速粒子の存在を提起した人間にちなんでのちにタキオンと名付けられた物質を用いた恒星間旅行を可能にしたという。

4月に行われた電子メールでのインタビューの中でグッドは、ソーラーWardenと呼ばれる秘密の宇宙プログラムに従事するようリクルートされたことを明かした。それは当初はアメリカ陸軍によって立ち上げられた。「ソーラーWardenはもちろんの話だが当初は陸軍のプログラムとして旗揚げした。のちに空軍が関与するようになった。」これに続けて、ソーラーWardenは軍事・科学探査用の宇宙船を保有していて、後者のとある事業に従事した、と彼は続けた:

「研究用航空機の事業(ASSR(補助機関に特化した宇宙探査
 )と”ISRV”(恒星間クラスの機関=アーノルド・ゾマーフェルト)をあてがわれたにすぎない。ほんの6年とちょっとを超える期間だった」

アーノルド・ゾマーフェルト(1868-1951)というドイツの理論物理学者にちなんで名付けられた当事者が言うところのSolar Wardenプログラムに属する宇宙船事業にグッドが従事していたというのは一見すると奇妙かもしれない。自らの死後自分にちなんで米陸軍がつくりだした秘密のプログラムの航空機の名称が物語ることは明らかにゾマーフェルトはなにかとてつもないことを達成していたに違いないということだ。

アーノルド・ゾマーフェルトは歴史上ほかの誰よりも多くのノーベル物理学賞受賞者を指南していたことで知られる。これは確かに大きな功績だが、自分にちなんだ恒星間クラスの宇宙船、それも別の国に属する宇宙船がうまれるほどではないだろう。ゾマーフェルトは、後に「タキオン」と名付けられることとなる超光速粒子の存在を提唱した最初の人物でもあった。理論物理学におけるタキオンが歩んだ学術的な経緯の要約がここで読める:

   タキオンは、光を超える速さで運行できる想定上の粒子である。タキオンという名は最初物理学者アーノルド・ゾマーフェルトにより提唱され、ジェラルド・ファインバーグによって名付けられた。タキオンという名はギリシア語のタクスにちなんでいる。それの意味するところは「迅速な」である。タキオンには不思議な属性があり、エネルギーを消失すると速度を得るのである。結果、もしエネルギーを獲得すると速度は下がる。タキオンが実現する最低速度は光の速度である。

1910年にアルバート・アインシュタインとゾマーフェルトの共同の思考実験で、理論上の装置を用いた後に”tachyonic antitelephone”と呼ばれる実験がなされた。

   tachyonic antitelephone(タキオン反物質電話?)は理論物理学における仮説上の装置である。ある人の過去に信号を送ることができるとされる。1907年にアルバート・アインシュタインは、いかに超光速の信号が因果のパラドクスへと帰結するかという思考実験をプレゼンした。1910年にアインシュタインとアーノルド・ゾマーフェルトによって「過去へとテレグラフを送る」方法であると描写された。

タキオン装置が利用可能な宇宙船であれば、超光速に達して「過去へとテレグラフを送る」ことが可能となる。これはつまりアインシュタイン-ゾマーフェルトの「タキオン反物質電話」の考えに基づくタキオン装置ならば恒星間の運行を可能にするということだ。光年で測られるほどの距離をその宇宙船ならば旅行でき実質的に「過去へとテレグラフを送られる」。つまり目的地へ向けて出発する少し前の時間へと。このことは以下のリメリック(五行戯詩)で丁度よく言い表せる:

   ブライトという名の若い娘がいた
   彼女の速度は光速以上
   ある日彼女は旅たった
   相関経路で
   そして前日の夜に戻ってきた

「既知の物理法則との整合性がないので超光速粒子は存在し得ない」と大抵の物理学者は信じている一方で、グッドの告白はそれとは逆のことを提起している。彼が言うところの恒星間に関するアーノルド・ゾマーフェルトにちなんだ名称の事業への従事は、タキオンのドライブエンジンが開発され現在では使われていることを促している。

グッドの目撃談をサポートする多くの状況証拠がある。さらに第二の目撃者が、自身の秘密の宇宙プログラムでの経験をまとめた要約のリリースを許した。だからそれはグッドの驚くべき証言をサポートするものである。グッドが従事したタキオン(つまり反物質電話)ドライブは実際秘密裏に隠匿され、恒星間宇宙船について世界に公表されるべきことが山積していることの証左ではないだろうか。

©Michael E. Salla, Ph.D.

2015/07/13

神々しい宇宙的な人間

http://www.armageddonconspiracy.co.uk/The-Celestial-Human(1897059).htm


神々しい宇宙的な人間

宇宙は人でしょうか。フィジカルな身体(r > 0で表される次元性を持った宇宙の側面)を持っているのでしょうか。そして心(r = 0で表される次元性のない宇宙の側面)を持っているのでしょうか。身体とこころを持っている人間が「マイクロコスモス」であるならば、文字通り宇宙規模の身体とこころを持つ「神々しい人間」は <<マクロコスモス>>でしょうか。

「下にあるものは上にあるものと同じようなもの。上にあるものは下にあるものと同じようなもの。ユニティの理解にとってはそういうもの」
これは古代の叡智を表したものです。「エメラルドタブレット」からです。

もしかすると、r > 0の物理宇宙は宇宙の頭脳として想像できるかもしれません。月、惑星は個別の脳細胞で太陽系は脳細胞が房状になったもの、銀河は頭脳の主だった構造、という風に。小惑星、隕石、恒星間の屑の類のすべては死に瀕したまた死んだ脳細胞の残留物です。星の光、宇宙線、ビッグバンの背景放射。これらは宇宙の頭脳を駆け巡る電気信号で、宇宙のプラズマボールのようにライトアップするものです。ブラックホールについてはどうか。各銀河はその中心にある超巨大なブラックホールによって体系付けられて制御されています。崩壊した太陽から生まれたその他の何百万というブラックホールは宇宙の中にくまなく散りばめられています。各ブラックホールは - サイズは何であれ - その中心にr = 0のシンギュラリティを有しています。

これらシンギュラリティは次元性のある存在の内側にはありません。空間と時間の中にはいないのです。物理宇宙に開いた穴であり、r > 0の宇宙を r= 0の宇宙にリンクさせ、頭脳をこころにリンクさせているのです。ブラックホールの数と同じぐらいにシンギュラリティが存在する、と信じ込まされることは容易ですが、高レベルの洞察によってこれらさまざまなシンギュラリティは実際は一つで同じものであると、一つの絶対的シンギュラリティが、存在のまさに r = 0という側面が、空間と時間の外側にあるのだ、ということが明らかにされるのです。空間と時間の特徴のどれをも欠いた側面すなわち永遠のワンネスが明らかにされるのです。それは「どこにもあって、どこにもない」のです。ブラックホールのシンギュラリティは出入り口として考えられるでしょう。あるいはr > 0へのポータルとして、物理的な宇宙の頭脳を制御する単一の「普遍的マインド」へのポータルとして考えられるでしょう(r = 0 がr > 0を統率します、ちょうど私たちのこころが身体を統率するのと同様です)。私たちの惑星は宇宙の頭脳の一つのノードです。「普遍的マインド」に喚起されているノードです。生命が地球上で進化したのはランダムな事故だったのか、それとも普遍的マインドによって発生しデザインされたできごとなのでしょうか。

宇宙にハイヤーセルフとロウアーセルフがあると想像してください。私たち同様、宇宙は長くて厳しい旅を続けているのです。グノーシスを求めて。ですが次のことを考慮してください。もしも、遠い昔に、宇宙はグノーシスを獲得することに成功していたのなら?ハイヤーセルフに到達していたら?可能な限りの完全な自己実現を達成していたら?存在が表現できる究極のハイヤーセルフ - 宇宙のアポテオシス - を完了していたら?どうでしょう、それは神についてのしっくりくる定義にはならないでしょうか。それ以上の地点はなく、それ以上へと宇宙が志すようなステージがないことになります。まさに存在の最終到達点です。「絶対的最高潮」であり弁証法の終結点、進化という努力の論理的結論なのです。

だがその最終的最高潮はおそらく未来に存在しているでしょう。私たちはもしかすると弁証法的進歩のカギを握る一部であり、普遍的な完全を現実のものとするであろう存在なのかもしれません。おそらく私たちは神を創り出しているのでしょう。そして私たちは今はおそらく宇宙のロウアーセルフ - デミウルゴス - の囚われの身となっているのでしょう。

私たち - 人類 - は神の御姿に似せて作られたと言われています。彼がマクロコスモスで私たちはミクロコスモス。ですが目下、私たちが鏡で見る姿は恐らくデミウルゴスの反射体でしょう。それでも彼は然るべきルートで弁証法的に超越されてゆくでしょう。

星々を見るとき、私たちは神聖な者の発光する輝く身体を見ているのでしょうか、それとも頭脳でしょうか。r = 0は聖霊(Heilige Geist)でしょうか。ロゴス(ことば)でしょうか。神のマインドでしょうか。そしてr > 0 はCorpus Dei -神の身体 - でしょうか。

私たちの心 - 人間一人一人の心 - は神の「脳細胞」の一つ一つです。神はスーパーマインドです。オーバーマインドです。宇宙の地的存在のすべての心を包括する「絶対意識」です。

個人の知性を結合できるとしたら人類は何が達成できるでしょうか。想像してください。人間の心が集合的な「ヒューマンマインド」に貢献したら何が達成されるでしょうか。想像してください。およそ65億の心を包括している「知性」にどのような問題が抗えるでしょうか。インターネットは意識であると想像してください。いったいどれだけの知識を持ち、使い放題にできるのかを想像できますか。

禁じられていない全ては強制的です。まだ目に見えていない潜在的状態の全てを宇宙が究極的に顕現することが可能であれば、宇宙はそうしようとします。進化の最終地点がいわゆる神であるなら、神は禁じられていないばかりでなく、その出現は強制的です。宇宙は可能な限りの最大限の完全を達成することができ、そうしなければならず、そしてそうするのです。その最高潮が神です。

地球において数十億年前のケミカルスープが潜在的に全てをその途上でいつの日かレオナルドダ・ヴィンチ、アインシュタイン、ニーチェ、ピタゴラス、ヘーゲル、ライプニッツ、シモンマガス、他すべての人類史に輝いている諸々の個人を生み出すことになる可能性を含んでいたのです。そしてまた未来においてはさらに多くの潜在性の顕現が待ち構えています。同様にして宇宙の星屑が発光するスパークの中に、地球が達成したのと同じような潜在性を宇宙規模で含んでいるのです。この地上での人類の進化の旅は宇宙規模の論理的な結論へと連れて行くと、「神性」への旅なのです。これ以上に明らかなことはありません。

私たちは神に成りつつあるのです。

【観念論:R > 0 の否定】
観念論とは、「外部世界」は心の産物であるとする哲学の立場です。つまり、次元性のある宇宙(r > 0)は幻想なのです。観念論の思想家たちによれば物質世界はこころから独立して存在しているのではありません。哲学者バークリーはこの主張の過激派です。物質世界は「神のこころ」にあるイデアとして認識されると論じました。私たち人間のこころは、神の想像により維持されるこの壮大な幻想の中に閉じ込められているのです。神が幻想を中止すれば、物質世界は瞬く間に消えてしまいます。この観点はヒンズー教の名残です。「神」-ブラフマン - が幻想世界(マーヤ)を作り、人間のこころは開明を得てブラフマンと一体化することでそれを克服するというものです。

イマヌエル・カントの"超越論的観念論"は次のような見解を示しています。人間のこころは空間と時間、原因と結果を外界において強要するように形作られている、と。つまり、これらは外界のれっきとした属性ではないということです。こころは見かけの世界 - フェノメナ - を創り出すのですが、それら自体 - 本体 - における事物の世界とはなんら関係はないのです。自身のこころから逃れることができないので、私たちは決して本体世界の正真正銘の知識を得ることができないのです。決して外すことのできない時間/空間と原因/結果のゴーグルをはめているようなものです。何であれ私たちは時間と空間、原因と結果をいつも見続けるでしょう。たとえそれらが事物の本当の性質とはなんら関係がないにしてもです。私たちが持ち得る知識はこころが創り出した現象についての知識であり、決して本体のそれではないのです。

本体世界は空間と時間の外部にあります。つまり、r = 0 に類似しています。ただし、カントにとって本体世界はまったく不可知なのですが、r = 0 はイルミニストにとっては完全に知り得るということを除いて。

カントの理論を根源的に前進させたのがショーペンハウアーです。空間と時間は別々の事物の見え方を創り出すのだが、この意味は空間と時間が存在しない本体の宇宙においては何事も別々ではないのだ、ということです。そのように彼は結論付けました。それぞれの個別の現象に対応し裏付けられている別々の本体を想定したのに対し、ショーペンハウアーは唯一の本体のみが存在し得ると気付きました。それを彼は"意思"と呼びました。その意思は抑えることができず、存在・生存するために永遠に努力するものです。たった一つの意思があるのだが、見かけの世界においてそれは現象世界の無数の事物として自身を顕現するのです。木、水、昆虫、岩、星、空気、人間。これらは全て存在しようとする単一の根本的で普遍的な意思の違う表現でしかないのです。人間は全てこの意思の具体化なのです。私たちの身体は対象化された意思なのです。ショーペンハウアーは言いました:「私の身体と意思は一つである」

ですので、ショーペンハウアーにとっては外部の、「客観的な」、物理的な時空間と因果関係のある世界があり、内なる、主観的な、「心的な」、時間、空間、因果関係の外部にある意思の世界があるのです。見かけの外界は幻想的であり、意思の内なる世界は万物が統一されているところの存在の真なる性質なのです。存在は、究極のむき出しの形式においては純粋な意思なのです。

世界が、本体的な真実に覆いかぶさる見かけの幻想的レベルのある意味通常ではない対になった性質を持たねばならないのは何故かについての説明をバークリー、カント、ショーペンハウアー、ヒンズー教、仏教は何も提供していません(神/世界の意思という説明以外には)(本体的な真実は通常、超越的な統一という観点で捉えられます)。

r > 0の物理宇宙の現実性を観念論は否定します。こころの幻想というレベルに委ねています。観念論はしかし、ファンタジーのように豪華な幻想によって仕えられる目的がどのようなものかを説明します。例えば、過去二・三十年に発見されたばかりの宇宙の奥深いところにある広大な諸銀河があるとすれば、これらを私たちの"以前の"幻想においてなんら役割を果たさなかったその諸銀河(その存在を私たちは何も知らなかった)を加えることによりどんな機能が果たされるのでしょうか。r > 0 の宇宙は現実でありそれについて科学は意味のあるれっきとした知識を与えてくれると結論したほうがはるかにシンプルです。私たちは正真正銘新しい物事を発見しますが以前まで私たちからは隠されていた大いなる幻想の新しい要素ではないのです。

科学的唯物論を信奉している人々は、一方で、観念論者とは反対の立場を取り、宇宙のr = 0 の側面の現実を否定します。

観念論と唯物論は共に決定的なことを見逃している過激な世界観です。真なること、それは r = 0(観念論)もr > 0(唯物論)も両方、正真正銘な現実の側面なのだということです。つまり、r >= 0という心的・物理的宇宙の側面なのです。

次元性のない存在を否定するという点で唯物論者は間違いです。そして次元性のある存在を幻想として見なす点で観念論者は間違っています。二つの主だった哲学の伝統を調停するのがイルミニズムです。次元性のある存在と次元性のない存在はともに現実的です。両者は共に幻想ではありません。それらはお互いに弁証法的に働きあい、お互いが互いに影響しあっています。r > 0 は心身にまつわることです。つまり、「身体」は「こころ」に影響されます。そしてr = 0 の宇宙は身体-精神的です。つまり、「こころ」は「身体」に影響されます。科学がこれまで浸透することができないでいる重要な神秘は、次元性のない宇宙を科学が否定することに起因します。同じように、多くの宗教と哲学(観念論に基づく)が陥っている愚かさは、次元性のある宇宙の否定によって引き起こされています。

次元性と無次元性、時間、空間、因果関係、個別化の原則(多者)が一方にあり、無時間性、無空間性、自由意志と相互接続の原則(統一)をもう片方とする両者の共存以上にシンプルなことはあり得るでしょうか。科学、哲学、宗教の問題は全てr > = 0 の宇宙では消し去られるのです。

太古より続く自由意志の問題を例にとりましょう。r > 0 の宇宙では、揺るがしようのない科学の諸々の法則や原因と結果によって見かけ上は制御されています。ここには自由意志の入り込む隙はありません。万物は逃れようなく一様に先立つ科学的な原因によって決定されます。ですが、r = 0 という宇宙の側面が導入されれば、科学的な時間、空間、因果関係の外側に存在するので、自由意志をあらかじめ排除してしまう原因のチェーンは崩れ去ります。そうして私たちの自由意志という経験は単なる幻想ではなく、大抵の旺盛な唯物論者が強く主張するのとは違うこととなります。

「死が運命付けられている」死は、時間と空間のr > 0 の領域では限りのある終着です。ですが r = 0 の宇宙、つまり時間と空間が適用されない領域においては、何事も本当の意味で途絶えてしまうことはないのです。万事は、ある意味、不死身なのです。

人間の頭脳はr = 0 の人間のこころのr > 0という表現です。ですのでこれによってこころへの頭脳の関連の神秘は解決されるのです。ですがもし人間のこころが宇宙のr = 0 の側面へのポータルであれば(ブラックホールのシンギュラリティが巨視的なポータルであることの比較として「微視的な」ポータル)、それすなわちこころは絶対的マインドつまり神のこころへのポータルでもあるのです。

人間のおのおののこころが全ての偉大なるこころに知らず知らずにして接続されていたらどうでしょう。想像してください。大抵の人々はそのような繋がりを想像だにしません。神秘主義者や秘教的なアートに精通した人々ぐらいしか神聖なるものへのこのチャネルを利用することを学んでいません。

私たちが寝る時、私たちは(大抵の場合)物理的なr > 0 の感覚をシャットアウトします。そして私たちは夢を見るのです。時間と空間は大幅に歪曲されます:死んだ人が現れることもある、あるいは超越的なビジョンを見ることがある。これはまさにr = 0 宇宙を通じて私たちのこころがいかに「自由に行き来」しているかを想定できることです。

Dream Gnosisと題した私たちの記事の中で「私たち」の夢について引用しました:

「ここはまさに私に起きたことだ。普段それを”神体験”と呼ぶのだが … 私はまず寝た。そして夢を見た。それは、それより先のことやその後のことよりもずっと鮮明に現実感があった。私には身体がなかった。名前も。そして特定のどこかの場所にもいなかった。アイデンティティーの感覚もなかった。一度に私はどこにでも居た。なにか見たいものがあれば、ただそれを思えばよかった。行きたいところがあれば、私はすぐにそこに居た。それはまるで私が全てになったような気持ちだった。なんでもそして全てを感じることができた。風が枝を通り過ぎる時に木がどう感じるかを私は知っていた(それはくすぐったいものだ)。木によって行く手を迂回させられた風がどのように感じるかを私は知っていた。猫のアゴに収まったネズミの気持ちが私にはわかった。女性として性行為をすることがどのようなものか、それも私にはわかった。戦った全ての命の体験を経験することができた。そして彼らの人生が終わった時、彼らの物語を体験した、そして彼らの物語は私の物語の一部となった。なにが起ころうと、万事順調だった。圧倒的とも思えるインプットの全てを私は自在に取り扱うことができた。

(以下略)



2015/07/12

宇宙のライフサイクル part 2(完結編)



part 1はこちら → http://neuerkosmos.blogspot.jp/2015/05/part-1.html
http://mathmonism.com/thelifecycleoftheuniverse.html

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訳注:
本文が非常に長く、完了するまでに2ヶ月かかってしまいました。途中で気力が潰えてしまい、後半30%は省略しています。今度からは適量の記事を選ぶようにします。


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(…) 人は夢の中で不特定の時間にわたって花を見つめることができます。そこには、機械的に測定された時間の経過はなくそのような感覚はありません。本当の時間はですから、心理のなかにアンカーされているのです。物理的なもののなかにではありません。

メンタルな時間はそれゆえ、ベルクソンがとらえた通りなのです。時計刻みの時間ではないのです。そもそも時計などないのですから。チクタクと刻むような物理的な存在はありません。そうであるにもかかわらず、それでも時間は経過します。今や時間は、あなたの注意が向くところによって計られます。つまり、心を集中している状態によって、です。空間も、物差しによって数えられるものではありません。夢の中でのように、距離は特定の時間においてあなたの心がそうあってほしいと思う心次第なのです。重要なのは、空間と時間は、メンタルな領域にまさに存在しているということ。だが物理的な領域における空間と時間とはまた別である、ということです。

夢という経験で私たちは異なることについてのアイデアを得るのです。無限のエネルギーの可能性を持った無限のマインドが物理的宇宙の創造に先立って存在していて、実存的な充満の状態を形成していたのです。これらの無限のマインドが無限のメンタルな空間を占めていたのです(それは物理宇宙との関係でいうと観測不可能なシンギュラリティであります)。そしてメンタルな時間の経過を体験していたのです。物理空間はメンタル空間に起源をもち、物理時間はメンタル時間に起源をもちます。ですが、よりベーシックな数学的起源を特定することができます。空間は実数に、そして時間は虚数に基礎付けられているのです。人間の心とは違い、宇宙の心は実虚数共に同等の重要さを持つものとして扱います。宇宙の心は数学的なマインドであり、それは数学的実体を私たちがするのとは違ったやり方で加工します。人間の心は考えます。「これはそもそも物理的な意味合いを持つものだろうか」と。答えがいいえ、である時にはその実体は棄却されます。負の数字はこれまで人間の頭脳を悩ませてきました。ちょうどゼロと同じように。あるいは無限や虚数と同じように。人間は同じ問題に苦しんでいたのです。つまり、人間の頭脳はこれらの数を物理的現実性の枠内で解釈することができないのです。科学的唯物論は、ゼロ以上無限未満の実数を扱うことに終始しています。虚数が物理学においては現存するのにそれは器官としての意味合いで理解されています。つまり、それは正しい答えを与えているのに科学者は誰もそれに物理的現実を帰属させないのです。微積分学の初期においては、形式主義はゼロをゼロで割ることに終始していました。これは数学的に一貫性のないこころみだったのです。ライプニッツ版であれニュートン版であれ、微積分学は正しい答えを与えたのだが、とても疑わしい理論的土台に立脚していたのです。バークリー主教は率先して嘲ったものでした。「もし幕を持ち上げて下をみれば...我らはそこに大いなる空隙を発見するだろう。暗闇と困惑を。否、もし私が間違っていなければ、直接的不可能と矛盾をそれらは有限量ではなく、また無限小に小さい量でもない。それでもまた無でもない。それらを逝去した量の幽霊だと言えないものだろうか?」

人間の頭脳は何が「リアル」かに執着しています。そしてその他のものは全て非現実なのです。ですので、ゼロや無限、負の数と虚数は全て非現実なものとしてみなされます。イルミニズムと科学的唯物論との違い。それは、イルミニズムは科学的唯物論が非現実的として定義する全ての数を存在論的にリアルだと見なしている、という点です。かようにシンプルなのです。マインド、すわわち心を可能な限りいかなる偏見や埋め込み済みのバイアスから自由なものとしてライプニッツは見なそうとしました。人間の頭脳・心は生来的に欠陥があり、考慮すべき心とは数学者のそれである、と彼は決めたのでした。宇宙的な数学者。感情やバイアスから完全に解き放たれていて完全に合理的理性的で論理的な数学的神。この神が負や虚数そしてゼロと無限をどのように作りあげたでしょうか。それらを完璧に理解する完全なる数学者として、彼はゼロ以上無限未満の実数に劣る現実性をもつものとしてそれらをみなすだろうか?虚数よりも実数を、負の数よりも正の数、ゼロでない数や無限以下の数を優れたものとして彼が好むのであれば、彼の充足理由は一体なんなのでしょうか。充足理由がもし存在しないのであれば、これらの数は全て平等な脚注上で扱われるべきものです。イルミニズムは数学的に定義するのであれば、「実」数よりも「複素の」数の上に現実が基礎付けられている体系(システム)として定義できます。複素数にはa+biという形式があります。"a"は複素数の実数成分としてあり、"bi"は虚数部分です。現実は実数というよりも複素数に関連付けられていると述べることは、虚数は実数と同量に存在論的にリアルだと証言することです。現実問題として、イルミニズムはまず「全ての」数は存在論的にリアルなものとして開始します。正確を期すると:ゼロ、無限、全ての字数と負の複素数は現実的な存在を有する、ということです。これはイルミニズムを科学的唯物論から隔てる根源的な差異であり、科学的唯物論が言わんとしていることは、実数のみがゼロよりも大きく、無限よりも小さいものは実存的重要性を持つということです。つまり、他の数は全て非現実なものである、ということです。科学的唯物論にとってこうした見解以外に充足理由はなく、彼らが取り扱う数以外の数の現実は捉えることができないのです。かれらは人間の頭脳を中心的基準に据えて、何が存在して何が存在しないかをその尺度で考えます。かれらは、科学者の偏見に現実は順応しないとダメだと主張します。これが科学を信念体系にすることであって、科学を科学たらしめないことなのです。虚数が科学と工学の等式の中において普及しているという事実を踏まえて、虚数は存在論的に非現実であると結論づけるとは一体何事なのでしょうか。なんらかの物理的重要性がないのなら、虚数はこれらの等式の中で一体何をしているというのでしょうか。それらがそこにある、という事実。これはそれらが非現実ではないと結論づけるのに十分な理由なのです。間違いやすい人間の頭脳や騙されやすい人間の感覚ではなくて数学に現実を決定してもらいましょう。科学の唯物論的なバックグランドを持ったイルミニストが痛烈に科学的唯物論に敵対したのはなぜでしょうか。合理的な人々がキリスト教からも離れたのは同じ理由からでした。つまり、「真実」です。科学的唯物論は狂信的なイデオロギーにして信念体系です。至上の善として真実の追求を宣伝するのだが、唯物的なパラダイムと矛盾することがあればなんであれ拒むのです。教条的に。人間の感覚から、そして人間の思考様式から宗教を作り出すこと。それが科学的唯物論の実態です。科学は、証拠の不在を不在の証拠である、とします。科学の知識や設備で検出できないものは全て存在しない、と科学は言い切ります。つまり、「感覚的に」人間に覚知される<現実>に接触してこない限りは存在しないのです。感覚的データが現実として優遇されることについての十分理由はあるのでしょうか。さらに、感覚的データは物質的な現実を実際に反映しているのでしょうか。ここで再び、赤という色についての質問に回帰できます。それは物質的には存在していません。いわば心的な知覚・認知なのです。物質的な現実性をそれは全く持たないのです。科学的唯物論はどうやってそれを説明できるでしょうか。
数学、つまり暗闇のなかで防音の効いた部屋で外部からの感覚的インプットのない状態でたった一人で実行される純粋思考の領域である数学において、数学という手段で現実にアプローチすることが最善であるとイルミニズムは主張します。そのような思考においては、純粋に抽象的な思考は現実から切断されているでしょうか。それとも、現実は根本的にそして究極的には物理的ではなく心的なのであるから、それは現実への最も純粋な関わり方なのでしょうか。科学的唯物論は好んで数学を道具として用いますが、それを現実的なものとしては扱いません。それなのにどうして数学が現実を果たして反映できるでしょう、現実がそれ自体数学的ではない場合に。私たち自身がなんらかにおいて数学表現の一つではない限り、ことごとく数学的であるこの現実をどうして私たちは理解できるでしょうか。物理学ではなく数学が現実を定義するのであれば、実験データと知覚可能な証拠から解放されます。言い換えるなら、人間の制約から解放されるのです。物理学はanthropic - 人間が中心 - という観点から現実理解を進めます。なぜなら人間の感覚を中心的な土俵として位置づけるからです。物理学が依拠する「観察」は生来的に人間の感覚に頼っています。でもなぜ現実がanthropicでなければならないのか。これはほぼアブラハム的な立脚です。
十分数学的ではないので、また極端に人間中心的なので、そしてまた経験主義を合理性の上にまで持ち上げてしまったので、イルミナティは科学的唯物論を拒絶しました。現実理解のためには現実の鍵となる材料を特定しなければなりません。その鍵となる材料は人間の感覚でしょうか。それとも数学でしょうか。前者がそうであるならば、現実は人間の感覚にとって明らかになるものすべてがそうであり、明らかでないものはすべて存在しないのです。もし数学がそうであるならば、人間の感覚は多かれ少なかれ直接的な関連性はありません。人間の感覚は下地になっている数学的現実へのヒントを与えたりまた明らかにする手助けとなる限りにおいて利用価値があります。数学が現実であるならば、「すべての」数は現実的(存在論的)であることになります。これにはゼロや無限、虚数と負の数も含みます。ゼロが現実的であれば、科学的唯物論は反駁されることになります。ゼロが現実的であれば、マインドはリアルなのです。感覚はたんにマインドにデータを供給するという目的のために存在しているので、そういう単純な理由で感覚はマインドを検知することができません。目はすべてを見ることができますがそれ自身を見ることはできません。マインドはマインド以外の全てについての感覚的情報を集めることができます。ゼロが存在論的な現実であるとき、そのときそれによって全宇宙が説明されます。ゼロが万物の下地になっています。ゼロはまさにマインドの数学的表現なのです(デカルトによる心の定義「外延されてないもの」と共存しているマインドです)。

存在論的ゼロを科学的唯物論は拒絶します。人間の感覚が最高の重要性を持つのでそれは数学という根拠を使用しないのです。現実とはなにかをなぜ人間の感覚が支配しなければならないのでしょうか。愚かなことです。偏見のあるバイアスのかかった人間中心的な世界観からイルミニストは人類を解放します。
数学は全体として中性的です。全マインドは、宇宙の地球外種族の全ても含めて一つのことに合意できるはずです。すなわち数学です。自身特有の感覚で世界との関連を持つことに彼らは賛同できないでしょう。人間の感覚は地球上の魚類、アリ、その他の生物の感覚とは違います。ですので、絶対的現実を捉える基礎となるのが感覚である、ということは可能でしょうか。どうやって可能となるでしょうか。でも魚類もアリも人間も、数学については合意できるでしょう。数学は種においても中性的なのです。特有の立脚点を優先させることはありません。最も中性的で可能な限り合理的な立脚であるもの、すなわち数学、から絶対的現実を眺めること以上に適切なものはあるでしょうか。
「神の」視点とはなんでしょうか。人間のそれでしょうか、それともそれは数学でしょうか。イルミニストは現実を数学的に見ることをはるかに合理的でロジカルで、客観的で、「マインドと種について中性的」で、独立的で、力強く説得力があるとみなしています。かたや科学的唯物論は人間の感覚を、人間流の考え方を、そして「実」数を本物として「虚」数は非現実的であるとみなし、崇拝しています。(ヒントは名前の中にある!(訳注:???))合理主義者として、実際にはハイパー合理主義しゃとして、こう言うことができるでしょう。つまり、我らは科学的唯物論よりはるかに合理的ななにかを見つけた、と。すなわち「存在論的数学」を。

(以下20-30%略。)
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2015/07/09

イベントが起きるのを待つだけ

2015年7月9日(木)の現時点において、

①中国株が暴落 
②日経平均株価も600円強下落
③ニューヨーク証券取引所( NYSE)が閉鎖 
④ギリシャが債務不履行を国民投票で決定(61%の得票率)

このような感じでドミノの一つ目が倒された。イベントへと無事に続いてくれれば有難い。<<目覚め3.0>>を経験すれば宇宙規模で考え世界規模を俯瞰することが可能となる。

イベントとは?その総括と展望




2015/06/27

惑星エネルギー送電機の稼働原理についての簡略化された説明

出典: Simplified explanation of the working principle of Planetary Energy Transmitter
                → http://globalenergytransmission.com/index.php/en/latest-news/61-simplified-explanation-of-the-working-principle-of-planetary-energy-transmitter


手短に言うと、テスラのエネルギー送信システムは地表を「ワイヤー」として使用します。そうすることで電気エネルギーを長距離で送信することが可能になるのです。地球を伝導体(訳:コンダクター=避雷針 の意もある)として使うというアイデアはそれほど新しいものではありません。

電気工学時代の初期にあっては、地球(or地表)は第二のワイヤーとして活発に利用されました(一つのワイヤーを通じて直流が消費者のもとに届けられる一方で、地面は二番目のワイヤーとして用いられたのです。それにより電流が電力源へと戻ることができたのです)。ですが、地球・地表を通じて長距離にわたって大量の電気エネルギーを送電し、かつ高効率のファクター値で送電することはテスラタワーを用いることによってのみ可能なのです。その理由は共振回路の結合です。つまり、複数のテスラタワーです。これらすべては環境にダメージを与えることはありません。

広義に、2つのテスラタワーは以下のように機能します。シンプルなワイヤーを想像してください。ワイヤーの両端に金属のボールがそれぞれ配置されている様を想像してください(ボールは充電集積器あるいは言わば最大出力として役割を果たします)。それはつまり、ボールの充電の交番を調整できるということです
(訳注:二つあるボールで互いに充電の役割を交代しあうという意。交番:時間の経過とともに電気・磁気の大きさと方向が規則正しく変わること(←大辞林による定義))。
ボールとは充電集積器あるいはある種のポンプであり、ワイヤーからボールへと電子の出し入れをします。この場合、電流はワイヤー間をくまなく流れることになります。もう一方の終点に達して第二の充電集積器の充電に似たような代替・交番を喚起します。
下に示したような、これに対応する装置セットの一例を少しご覧いただければと思います。

こうしたシンプルな実験が二つのテスラタワーで構成される電力システムの主たる作動原理の理解に役立ちます(この場合では地表がワイヤーとして機能し、タワーはそれぞれボールとして機能します。つまり充電集積器として、ですね)。タワー送電器は集積器に交流荷電をつくります。またタワーの周りの地面にある電流を喚起します。それはタワーから拡散されます。次に、これらの電流は第二のタワー=共振するレシーバーをつくりだし、このようなレシーバーからエネルギーを得ることを可能にします。このようなスキームに沿ってテスラは自身で単一ワイヤーエネルギー送電の初期の実験を行いました。

シンプルな言葉で言うと、エネルギーの送電は一般的な送電線で起きるのと同じ様式で起きます。つまり、ワイヤーを通じて。唯一の違いは、それが二つではなく一つのワイヤーだけを必要とすることです。地球の地層の約100~1000メートルの深さ(地球の電離層波と合わせて)がワイヤーとしての機能を果たします。
(以下略)

2015/05/09

マスタープラン

2012年10月12日(金)


The Masterplan

とくにここ数ヶ月の体験で人間のさがはアルコンの物理的・非物理的影響に作用されやすいということが明らかになりました。

アルコンは解放運動を分断することに成功しました。地表のポジティブなグループは侵入を受けるか腐敗してしまい、純粋を保った人々は嘲笑され攻撃されました。ポジティブグループの分断を小規模にとどめて、イベント前に彼らのユニティを達成するためのどのようなアイデアも大歓迎です。

また、コラテラルアカウントを掌握するために戦っているポジティブだと思われる個人とグループの存在も認められました。そのお金を人類に取り戻すという動機に貪欲が勝ってしまったようです。

信用できる情報筋からインテルを受け取りました。キーナンはコラテラルアカウントの管財人ではありません。本当の管財人/受託者のアイデンティティは今はまだ伏せねばならず、それにより彼が邪魔されずに人類の利益のために従事できるようにするためです。基金を人類に戻すために働いている二三のポジティブグループがあります。彼らについてはネットのどこを探しても見つけることはできません。彼らはなにも公表しないからです。彼らが成功裏におさまるとき、物事は単に起こり始めるのです。

上記のすべての要因が、多くの人を苛立たせている原因です。ですので、原初の「プラン」は延長され、ここに提示されるものです。

「マスタープラン」の最初の部分は非物理プレーンに対する光のブレークスルーに付属するものです。光の勢力は非物理プレーンをクリアリングするための高度のボルテックス技術を用います。ボルテックスは光のネットワークを形成し、それは日ごとに強くなります。ある時点で光の臨界質量に達し、メンタル・アストラル・エーテルの非物理プレーンへの光の勢力の大量到達という結果になります。非物理プレーンは惑星地球の地表を覆う薄い層の内側にあり、いまだに二三のアルコンと手先である多くのレプティリアンがネガティブなテクノロジーを有した状態で存在しています。ブレイクスルーは非物理プレーンからすべての残っている闇を除去するものです。

これは決定的事項でして、イベントの前に起きねばなりません。そうでなければアルコンと手先のレプティリアンが人類の心理的な弱点に圧力をかけることになるからです。そしてそれは容易に広範囲の戦争と暴力へとひろがってゆきます。人類の大衆はストレス下にあるとアルコンの物理的・非物理的影響と相まって暴力へと容易に退化してしまいます。ちょうどナチスドイツやルワンダの大虐殺が明示しているように。アルコン影響下にあって、人類は性急に誰かを責めたり攻撃することになってしまいます。そして容易に魔女狩りや気に入らない人々をリンチすることへとつながっていきます。誰もが攻撃をされ得て、「カバールの協力者」あるいはそれに類似するものとしてレッテルを貼られてしまいます。こうした事態は避けられるべきで、こうした理由で非物理的プレーンが処理されない限りイベントは「起きません」。



マスタープランの第二の部分は物理的なイベントそのものに関連します。多くの地表のポジティブグループが今では分断されているので、彼らはグループとしてはイベントに参加しません。地表以外の主だった2つのポジティブグループとしてのプレアデスの人々(プレアデス人)とレジスタンスムーブメントはいわゆる「流体グループマスタープランマネジメント」を導入します。まず第一に、イベントの時節到来という衝動がソースからやってきます。プレアデスの人々と他のポジティブなET種族はすべての人間の、彼らの思考と動機についての完全な全容・概要を有していて、イベントの引き金となるための人物(初期の流体的フィジカルグループ)を決定します。彼らはそのインテル(情報)をレジスタンスムーブメントに伝えます。

レジスタンスの地表の専門の職人らは流体地表グループの鍵となる人々にその後コンタクトします。鍵となる人々の何人かはロシア、中国、アメリカの軍部内で地位を占めています。鍵となる人々は個人的にコンタクトされます。あるいは電話越しにコンタクトされ、シンプルな選択をオファーされます。イベントのオペレーションの一部にならないかと招待されるのです。彼らは自由な意思の決定に基づいて受諾するかあるいは断ることができます。その決定を下すために数分間与えられます。受諾すれば、だれだれにコンタクトして何をするかという指針を与えられます。もし断れば、それ以上コンタクトを受けることはありません。鍵となるグループ(キーグループ)によってコンタクトされる人々は、自ら決定します。このようにして流体グループが起動します。全体のプロセスはとても迅速であり、カバールにとってサプライズになるはずです。インターネット上であらかじめ「青信号」が出ることはありません。サプライズ要素が損なわれるからです。

イベントの作戦が進行するにしたがって、作戦に参加する全ての人間の強みと弱みについての全容をプレアデス人と他のET種族が把握することになります。これに沿って、彼らは継続的なリアルタイムの情報更新をレジスタンスに与え、流体グループの人々の役割と地位のシフトについて指針を与えます。決定的なミスをおかす人々はグループを去らねばならず、作戦情報へのアクセスを失い、他の人々がメンバーとして受け入れられます。このようにして流体グループはカバールの侵入から防御され、また人間のサガのネガティブな側面からも防御されます。レジスタンスの専門の職人たちは作戦に直接関与することはないですが、インテルと指針を与えることでのみアシストします。この全オペレーションは、成功裏に収めるために地表の人間よりも賢い存在たちによってコーディネートされる必要があります。

イベントの後、人類大衆はアルコンのウイルスからの感染を除去するための心理的援助や霊的な癒しを受け取ります。アルコンのウイルスは人類大衆のなかに世代から世代にわたってトラウマを埋め込まれたマインドコントロールを通じて受け継がれてきました。これが除去されるとき、人類は暴力はみにくく、何事も解決せず、人間の性質に生来的に備わっていないものであることを発見するでしょう。

闇の勢力がコントロールを維持してきたキー要因は、人々はお互いをサポートし合わないように教えられてきたという事実です。人類が最初に学習すべきレッスンはサポートというレッスンです。人々は自由意志を有効活用し始め、愛を選ぶでしょう。光の勢力から大量の援助を受け、再びお互いを愛し合うことを学習するでしょう。

カバールへのいかなる復讐も容認されるものではありません。元カバールの全メンバーは公正な裁判を受ける権利があり、白状して協力する意思があるものは社会に受け入れられ融合されていくでしょう。イベントとは復讐のことではありません。カバールを権力の座から除去してこの惑星上の「全ての」暴力を停止することなのです。


人間要因によって遅延が生じましたが、そのためにプラン2012(イベント)の最初の部分だけが2012年に起きます。残りの計画(再構築とファーストコンタクト)は後ほど起きるでしょう。

2015/05/04

宇宙のライフサイクル part 1

The life cycle of the universe

出典:http://www.mathmonism.com/thelifecycleoftheuniverse.html


事物・物事にとっての自然なライフライクルとは、誕生し、成長し成熟し、年を取り(古くなって行き)衰弱し、そして最終的に死ぬことです。宇宙 ―生きる器官としての―も他のすべてと同じくこのサイクルに従っています。物質的な宇宙は死ぬ運命にあり必滅です。死ぬことのない宇宙、それがメンタルな宇宙です。ちょうど私たちの内奥にあるメンタルな側面―すなわち魂―が不滅であるのと同じように。

ですので、死ぬことのない宇宙的なマインドと死ぬ運命にある物質的な宇宙は必然的に宇宙はサイクル(複数形)を経由して先立つものである、ということを意味します。  それぞれのサイクルのパターンは全く同じなのですが、精密で寸分違わない出来事(複数形)は決して全く繰り返されることはありません。

人間の人生/生活はユニークなものです。ですが人間すべての人生/生命は規定された特定的なパターンと同様になるのです。大抵の人間の人生/生活は大なり小なり同じ行程で生きられるものです。精密な詳細は様々でありそれぞれ一定の順序に従って進みます。ですが一般的なテンプレートではありません。

宇宙の次の時代においては「新しい地球」となんらかの「新しい人類」が存在しているでしょう。もう一人のシェイクスピアやレオナルド(・ダヴィンチ)、カフカやニーチェ、あるいはピタゴラスライプニッツが登場する/存在することはないでしょう。ですが、そこには別の名前の新しい天才たちが登場するでしょう。自らの足跡を残すような天才たちが。

存在の周期的な性質のおかげで、私たちはサイクルの中でとある点(ポイント)―物理的な概念と同じ意味で―を選ぶことができるのです、全体のプロセスがどのような仕組みになっているのかを確かめるために。

第一に、発端・概念に先行する周囲の状況を検討しなければなりません。  もし物質的宇宙の発端がビッグバンだとするなら、主流科学が関わることを拒否する疑問を検討しなければなりません。つまり、その根本的な出来事の前にはなにが存在していてたのか。そしてその先行していた状況がいかにしてビッグバンを誕生させたのか、という疑問です。何が存在していてどこで存在していたのか、そしてどのような周囲の状況で存在していたのか、と。

存在の基本的な単位は数学的な点です。その点には無限の数が存在しています。数学的点は次元を持ちません。物理的な空間を占めることもありません。物理的な時間のなかに存在しているのでもないのです。数学的点の無限は同一の点を全て占めることができます:(これが)存在論的シンギュラリティです。「創始の点」です。「自身の中にいる神」なのです。

ここで扱っているのはメンタルな領域であって物質的・物理的領域ではありません。つまり、メンタルというのは第一義的な領域でありそこから物質的領域が現れるのです。存在とは物質が充満した空間(plenum)です。全てをカバーしています。非存在なゾーンはどこにもありません。しかしながら物質的宇宙が不在であることから ― それはつまりメンタル宇宙の潜在性であって独自に独立したものとしてあるいは自立したエンティティ(存在)として存在しうるものではありません ― 実存的なplenumはメンタル領域にのみ適用されるのです。メンタル領域のすべての部分は充満していて、これが意味するところは無限のマインドが(そこには)存在しているということです。数学的点はそれぞれ無限のメンタルな能力・容量を含んでいます ― マインドのplenum状態です ― そしてこれらマインド全てはシンギュラリティに属しています。つまり一つの無次元な点です。

もちろんのことですが、シンギュラリティとは物理的存在との関連で言われるところのそれでありメンタルな存在との関連で言われるものではありません。メンタル領域の範囲で言えば、それは無限に拡げることができます。それはどこにでも存在しています。全てを埋め尽くします。全てを抱擁しています。無限のメンタルな「空間(space)」を経験します。無限のメンタルな「時間」も体験します。時間をその物理的概念から取り除いてやると一体時間とはなんでしょうか?連続・連続物です。一つの思考・考えが別のそれに先行し、一つの思考が別のそれに継続するのであれば、一連の流れとしての思考(複数形)の順序をつくり上げることになります。つまり思考のチェーンです。一つの考えがより前の考えから流れてきてメンタルな時間を構成するのはこのチェーン、思考の流れなのです。メンタルな時間がなければすべての考え・思考は同一の点上で永遠に固まってしまうでしょう。

存在は永続的な成(becoming)です。したがって時間は存在に内在されています。成と時間は同じものです。つまり一つの出来事が別のそれから永遠に流れてくるものであり、すべては他の全てへと流れて行きこの流れはメンタル空間とメンタル時間という範疇で測定することができます。メンタル空間と時間、そして物理的な空間と時間の鍵となる違いは物理的な多様性は規則的で測定可能な単位(ユニット;複数形)に分割でき、一方でメンタル空間と時間は分割できない、という違いです。

こうした考え方と最も関連している哲学者はアンリ・ベルクソン(Henri Bergson)です。彼によれば知性は空間に関連付けるが、直観は時間に関連付ける、と。その一方で科学は空間と時間をとても類似しているものとして扱います。全然類似していない、というのがベルクソンの議論です。彼にとって時間を分析する上での中心的な問題は、それ(時間)が空間の側面としてみなされていることと、同じようなものさしでアプローチされていることだとしています。

科学は、静止フレームで構成された映画用のリールに現実を変換してしまいます。継続的なモーションは本質的には幻想で、複数ある静止フレームを一色単に適当なスピードで作動させることで引き起こされるものでしかありません。現実はしたがって凍った、生命なき状態の連続以外でしかないのです。映画のフィルムに含まれた生命はどこにあるのでしょうか?写真のどこに生命があるでしょうか?写真とは生活・人生の固まった一瞬を捉えるものであり、生活・人生そのものをとらえるのではありません。

科学的時間とは ― ベルクソンによれば ― 空間の形式・形であって、一方では本当の生きた時間とは「継続」です。「純粋な継続とは、意識状態が、エゴを生きさせるときに推測するところの形式である。つまり、前の状態から現在の状態を切り離すことを控えるときに推測するところのものである。」


自身の内的な経験のみに集中するとき私たちは純粋な継続を認識します。物理的なというより心理的な時間の体験というふうに呼べるかもしれません。それについて考える簡単な方法は、夢の時間を考慮したり、幻覚誘発薬を飲むときに過ぎ去るであろう時間を考えてみることです。あなたの注意、焦点は時間の経過を取り仕切ります。時計が取り仕切るのではありません。